欧州関連

EU上級代表、ウクライナの軍事支援に最大200億ユーロ調達を提案

EU外務・安全保障政策上級代表のボレル氏は「ウクライナに軍事支援を提供するため200億ユーロ(年間50億ユーロ×4年)の資金確保を加盟国に提案する」と述べ、ウクライナ支援に活用していた欧州平和ファシリティ(EPF)への資金補充を訴えた。

参考:EU pitches €20-billion plan in long-term military support for Ukraine

EPFが200億ユーロの資金確保に成功すれば、ウクライナに対する長期的で持続可能な軍事支援提供に大いに役立つ

EU加盟国によるウクライナへの軍事支援は大まかに「提供国による全額負担」と「EUによる負担」の2種類が存在し、EUは通常予算を「軍事・防衛に関する活動」に直接供給することを禁じているため、ウクライナ支援には予算外の資金=欧州平和ファシリティ(EPF)積み立てられた資金を活用しており、これまでに計56億ユーロをウクライナへの軍事支援に支出してきた。

出典:Rob Schleiffert/CC BY-SA 2.0

例えば東欧諸国による旧ソ連製兵器(T-72やMiG-29など)のウクライナ移転はEPFによる費用の払い戻しを受けており、レオパルト2の提供についてもポーランドのモラヴィエツキ首相は「補償をEUに申請する」と述べているため、EPFによる支援費用の負担がなければ「旧ソ連製兵器やレオパルト2は実現しなかった」と言っても過言ではなく、加盟国がEPFに拠出する金額は加盟国のGDPに応じて決定されるためドイツが最も貢献している。

EPFの資金はウクライナが要望している155mm砲弾の調達、加盟国が備蓄分から提供する155mm砲弾の払い戻し、加盟国企業による155mm砲弾増産に関連した設備投資にも資金を供給しており、EPFの資金が尽きるとウクライナへの軍事支援は縮小する可能性が高く、 EU外務・安全保障政策上級代表のボレル氏は15日「ウクライナのニーズに対応するため今後4年間で200億ユーロ(年間最大50億ユーロ)の資金確保を加盟国に提案する」と述べた。

出典:Kremlin.ru / CC BY 4.0

ボレル氏の提案で非常に興味深いのは「ウクライナ支援の資金運用をEPF内に専用セクションを移す」という点で、EPFの支払い妨害するハンガリーの拒否権を回避するための仕組みではないかと噂されているが、今のところ専用セクションの設立目的は分かってない。

ただEPFが200億ユーロの資金確保に成功すれば、EU加盟国は軍事支援の規模を今後も維持できるため「ウクライナに対する長期的で持続可能な軍事支援提供」に大いに役立つと思われるが、この手の資金は加盟国や産業界の利害が対立して揉めることが多く、既に155mm砲弾増産に関連した設備投資に「EU防衛基金(EDF)の資金」が含まれる問題で産業界が異議を唱え始めている。

出典:U.S. Army Photo by Dori Whipple, Joint Munitions Command

EDFは「加盟国同士による防衛装備品の共同開発に資金援助をを与え欧州防衛産業の自立と独自性を確保する」という趣旨の基金で、この資金の一部が砲弾増産に転用されると「EDFの援助を受けているプログラムが資金不足に陥る」と産業界が懸念を表明しており、EPFが200億ユーロを確保しても使い道で揉めるかもしれない。

因みにEDFは欧州のNATO加盟国が受け入れた「国防支出=GDP2.0%以上」の受け入れ先にもなっており、トランプ前大統領は「引き上げに応じた加盟国の資金」が米防衛産業に流れ込むことを期待していたものの、NATOと関係がないEUの基金=EDF(基金を利用するプロジェクトへの参加は欧州企業に限定されている)に資金を移すことで域外への流出をブロック、目論見を潰されたトランプ前大統領はこれに激怒して欧州側と対立したことがある。

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※アイキャッチ画像の出典:Ministry of Defence of Ukraine

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コメント

    • 横田
    • 2023年 7月 21日

    実現できればすごいと思うけど
    まあまず間違いなくハンガリーが妨害するだろう

    10
      • 月虹
      • 2023年 7月 21日

      スウェーデンのNATO加盟承認とウクライナのNATO加盟支持およびウクライナへのT-155自走砲の売却承認などトルコが西側と協調してウクライナ支援に動き出したのに対し、ハンガリーはいつまで親ロシアの態度を取り続けるのか?

      まさかロシアとの密約であったウクライナ占領後の旧領復活(ハンガリー人の多いザカルパッチャ州の割譲)を未だに信じている訳ではあるまいし…

      15
        • paxai
        • 2023年 7月 21日

        ハンガリーって親露要素も強いけど反ウクライナじゃね?戦争前からウクライナ政府と民族問題で揉めてるし。
        ウクライナ内にハンガリー系が居て不当な待遇を受けてると考える限りハンガリー政府がウクライナに寄り添う事はないのでは?
        それこそトルコ政府がクルド人と和解しないように。

        6
          • 名無し
          • 2023年 7月 25日

          >>ウクライナ内にハンガリー系が居て不当な待遇を受けてると考える限りハンガリー政府がウクライナに寄り添う事はないのでは?

          これ「ロシア系住民が虐げられてる」というロシアがやってることとロジックがほとんど一緒という
          ハンガリーは中国とズブズブで何もかも急速に真っ赤になってるし、本当に終わってる

          1
    • ブルーピーコック
    • 2023年 7月 21日

    50億ユーロ=約7800億円を4年間か。多いと見るか少ないと見るか。

    (EUの見積予算は年間約1600億ユーロなので、50億ユーロは予算比3%)

    4
    • かんすけ
    • 2023年 7月 21日

    EDF!EDF!

    6
    • kitty
    • 2023年 7月 21日

    JBPressの記事で「湾岸戦争で1300億円も金出したのにまともに貢献国にカウントされなかった。」とか書いてたけど10億ドルなんて端金のような支援規模ですねえ。
    それがトラウマで、以後無理目なPKOに兵員を出して事故なり「事故扱い」で死者が出たのですから、今回は万障繰り合わせて弾薬を渡した方がいいんですけど。

    2
      • tfw
      • 2023年 7月 21日

      湾岸戦争は1300億円じゃなくて130億ドルだよ。ちなみにクウェートのGDPは1990年が180億ドル、91年が110億ドル、湾岸戦争全体の戦費が610億ドルだから当時の金額としては破格だったのは確か。バブル日本だったからポンと出せた。

      16
        • kitty
        • 2023年 7月 21日

        私の勘違いでした>ドル・円
        どこかでウォン計算が混じった感じw。

        1
    • たむごん
    • 2023年 7月 21日

    ヨーロッパ各国も、インフレで国内の家計に、余裕ないでしょうし。
    年金カットや医療費値上げ、各種税金や公共料金の値上げで、暴動やデモが発生してますよね。

    日本も、社会保障費カットや増税しながら、ウクライナ支援にお金使うのか議論すべきですよね。

    岸田さん、ゼレンスキーにリトアニアで、会う事もできなかったですし。
    ロシアの外貨準備10兆円凍結したり、ウクライナ援助が世界上位なのに、金主として舐められてるのは恥ですね。

    ウクライナのような小国に、お金出しても舐められるなら、金を過分に出す必要ないと考えています。
    日本とウクライナの関係、そもそも特段の友好国でも、何でもないんですから。

    15
      • 永谷園
      • 2023年 7月 21日

      態度が悪いから支援しなくていいとか何様?
      西側各国が支援するのはウクライナがかわいそうだからではなく
      武力による現状変更は認めてはいけないからだろ
      嫌いな奴だからどうなってもいいみたいなメンタルの人間が外交を語るな

      35
        • たむごん
        • 2023年 7月 21日

        ウクライナ支援が、台湾問題の武力による現状変更を防ぐというロジックは、既に怪しくなってて問題になってる。

        マクロンが訪中した時に、台湾問題やNATO事務所設置で、中国寄りの発言している。
        フランスが反対したら、NATOは全会一致が原則だから、台湾問題などにも介入できないの。

        そもそも、嫌いな奴とかじゃなくて、日本人の個々人にも生活があるでしょ。

        消費税増税、年金削減、医療費アップ、固定資産税増税などがきても、ウクライナのために堂々と支援すると言える?
        それこそ、一般人の生活感覚からずれた、上級国民の立場から言ってるだけよね。

        日本は、ロシアとウクライナの外交関係や安全保障問題に関わった訳でもないし、核放棄させたわけでもない。
        日本人も、生活苦しい中で支援しているんだから、ウクライナからの反応がに当たり前に思えたら困惑するの当然でしょ。

        19
          • hoge
          • 2023年 7月 21日

          >消費税増税、年金削減、医療費アップ、固定資産税増税などがきても、ウクライナのために堂々と支援すると言える?

          ウクライナを支援しなかったら増税がなくなるわけではなくて、調子に乗ったロシアがより大きな行動に出たり、その様子をみた中国が大暴れしてさらに状況を悪化させるだけだと思われ。
          台湾で戦争が起きたら半導体の供給がストップして冗談抜きで全世界の産業が衰退するぞ。

          10
            • たむごん
            • 2023年 7月 21日

            >ウクライナを支援しなかったら増税がなくなるわけではなくて…

            結局、ウクライナのために、増税や負担増えてまで支援すると言い切れない。みんな自分の生活が大事だから、別に否定するわけじゃないけど、そんなもんだと思うよ。

            >…その様子をみた中国が大暴れしてさらに状況を悪化させるだけだと思われ。

            このサイト優秀な人が多いから、その議論も既にされてる。

            ウクライナ向けに、米軍備蓄を使い過ぎて155mm砲弾・携帯ミサイルのジャベリンやスティンガーなどが不足、台湾向けの装備も回してて危険視されてる。

            米軍の抑止力、ウクライナ戦争による弾薬消費によって低下してるから、今慌てて増産しようとしてるが上手くいかない。
            レイセオンなどは、すぐには量産できないし(スティンガーは量産ラインすらない)、備蓄分を戻すのに時間かかり過ぎてヤバいよねってなってるのが今。

            韓国軍の備蓄も取り崩し始めたんだから、東アジア全体の抑止力が低下してる。
            NATOは、日本加盟してないし、フランスもあんな感じで分からないから頼れない。(ウクライナ支援で備蓄がなくなってる)

            ウクライナ戦争で、西側の兵器備蓄を削りすぎて、台湾防衛できるだけの弾薬足りる?って話になってきてる。
            だから、ウクライナ戦争継続してるから、台湾問題のリスクが上がってきてる面もあるの。
            リンク
            リンク

            9
              • 名無し
              • 2023年 7月 25日

              こういう人は台湾に関して不安だと主張しながら
              実際に台湾シフトし始めたらロシアが勝つと大喜びし始めるタイプではないかな

              1
      • タチコマァ
      • 2023年 7月 21日

      ウクライナが抵抗する程長年の仮想敵国ロシアの軍備が削れるんですよ
      ましてや西側においては人命はあらゆる兵器よりも高く、日本では地球より重い
      一番高い命をウクライナが支払っている事も思えば日本はもうウクライナに足を向けて眠れないくらいですよ

      26
        • たむごん
        • 2023年 7月 21日

        ウクライナの核放棄による、英米ロの安全保障問題から始まっていると感じています。(核放棄をしていなければ攻められなかったと考えています)
        ウクライナ戦争は、ロシアとウクライナの外交関係の延長線上。日本が、何か介在したものは、何もないのではないでしょうか。

        仰る通り、軍備を削る、人命重視は分かります。

        ただ、日本など西側諸国はウクライナを助けている立場なので、足を向けて眠れないは理解できかねる部分があります。(もちろん、ロシア側に非があると考えています)

        6
    • 匿名
    • 2023年 7月 21日

    >加盟国がEPFに拠出する金額は加盟国のGDPに応じて決定されるためドイツが最も貢献している。

    EU予算の負担金多いのはドイツフランスですからね
    こういうの見るとかつて叩かれてたのも理不尽に感じる不思議

    5
    • 冬戦争
    • 2023年 7月 21日

    NATOの武器弾薬庫はすでに空っぽ。予算だけ確保出来たとしても生産が追いつかない。生産体制増強にかかる時間は2年~2年半。それまでウクライナ戦争が続くことも無い。キエフ陥落で終わっているだろう。設備投資した分損失になってしまうので企業はやりたがらない。生産体制増強も出来るかどうか不透明。

    6
      • panda
      • 2023年 7月 21日

      米軍の廃棄待ちだったクラスター弾が300万発くらいあるそうなので
      砲弾の不足は相当緩和されるんじゃないでしょうか

      現在の供与規模は数十万発程度でこれ以上渡すかどうかは未定ですが

      13
      • タチコマァ
      • 2023年 7月 21日

      開戦初期の最も練度と装備の質が充実していたロシア軍でも無理だったのに今の、ましてや三年後のロシア軍にキーヴ陥落とか無理じゃない?
      いや、数百万将兵で人海戦術するなら可能性はあるだろうけど……

      6
        • nachteule
        • 2023年 7月 21日

         ロシア側も戦時体制で新兵器開発の加速や量産体制の変更、従来のロシア兵器体系からの時代に沿った変化が見えるから将来的にそれが良い方向に向かいNATOの支援の質が落ちるならどうなるかは分からない。

         それに開戦初期なんて戦力だけはまともだったけど攻め方がギャンブル要素あって失敗しているから戦力だけ見て無理だって言っても仕方ない気がする。初期の首都攻略がロシア側に上手く転んでいたら、あの分散した戦力は有効な目くらましだったとか賞賛の声はあっただろうから、堅実な戦い方をする場合だと意外と良い線行くかもしれない。
         ただロシアのからすれば戦力があったとしても今後首都攻略して傀儡政権樹立するメリットは無いだろうし堅実に占領地域の維持に力を入れる方が良い。 

        2
      • 山田さん
      • 2023年 7月 21日

      まだキエフが陥落すると思っている人がいるのか…(困惑)
      前線がウクライナ不利に動けば西側の危機感が高まり、それに応じてウクライナへの支援も強くなるんだから、キエフが陥落することはあり得ないよ。
      砲弾がなくたって、それ以外の兵器が潤沢に提供されえばロシアの攻勢なんて簡単に止まる。
      むしろどうすればキエフがおちるのか、具体的なプランを教えてほしいくらい。

      10
        • kame
        • 2023年 7月 21日

         可能性があるとしたら、ウクライナ国内でのクーデターじゃないでしょうか?
         先日も駐英ウクライナ大使がゼレンスキー大統領に批判的な発言をしたとの事で解任されており、日本人が考えているほど、現在のウクライナ政権は盤石ではないと思います。また、こちらのサイトにも記載があったウクライナ軍の横暴な徴兵方法に対して批判も増加しているようですし、ロシア同様に戦火に嫌気がさしたウクライナ人の中から反動分子が出てくる可能性はゼロではありません。
         もちろん、ロシアとウクライナとでは状況や戦争自体の意味が違うので可能性は低いでしょうが、歴史上、防衛している国側で反乱が起きた事は少なくないので、ゼレンスキー大統領率いる現政権が国内の不満を上手く消化出来なければ、明確に非戦を表明する地方都市が出てくるかもしれません。

        3
    •  
    • 2023年 7月 21日

    1年200億ユーロでもたりなさそうなのにジョークの切れ味が鋭いな
    これがニュースになるくらいもう金出したくないんだな欧州は

    5
    • panda
    • 2023年 7月 21日

    この話が通るのであれば
    EUは現在の規模の軍事支援を今後4年間続けると言う事です
    戦争の長期化に備えた動きと言えるでしょう

    13
    • 黒丸
    • 2023年 7月 21日

    1年50億ユーロということは1ユーロ150円として7500億円
    日本の摩耶級イージス艦が1隻1700億円程度らしいので、年4隻建造分
    ジェラルド・R・フォード級空母が1隻1兆9千億円らしいので、
    3年で原子力空母建造費と、結構な金額ではあると思いますが 
    これで戦車師団幾つ分の費用になるのでしょうか?

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