カナダと米国の首脳会談は和やかなムードで開始されたもののトランプ大統領は「カナダ併合を諦めなない」と強調し、カーニー首相も「カナダは売り物ではない」と窘め、米防衛産業界は不透明な関係が続く中で「カナダ市場へのアクセスを失うのではないか」と気にしている。
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米防衛産業界は不透明な関係が続く中でカナダ市場へのアクセスを失うのではないかと気にしている
カーニー首相が率いる自由党は25ポイントも差があった支持率を逆転させて選挙に勝利し「着実に進められてきた統合を土台とする米国との古い関係は終わった」「米国を中心とする開かれた貿易システム、第二次大戦以降にカナダが頼ってきたシステム、完璧ではないもののカナダの繁栄を支えてきたシステムは終わった」「これは悲劇だが我々の新たな現実だ」「米国の裏切りの衝撃は乗り越えたが今回の教訓を決して忘れてはならない」「今後数ヶ月間は困難な時期となり犠牲が必要となる」と述べ、選挙前に公言していた安全保障政策や貿易関係の大幅な見直しを予告。

出典:Mark Carney
トランプ大統領は投票日に「もしカナダが51番目の州になれば税金は半分になり、軍事力も無料で世界最高レベルまで強化され、自動車、鋼鉄、アルミニウム、木材、エネルギーなどのビジネスも関税と税金がゼロで4倍になる。だから関税や税金を0に出来る人物をゼロにできる人物を選んで下さい。そうすればカナダは米国の愛すべき51番目の州となるだろう。もう人為的に引かれた国境線は必要ない」とSNSに投稿し、露骨に選挙への干渉を試みたが、保守党が選挙に敗れるとカーニー首相の勝利を電話で祝福したものの「カナダ併合は諦めない」「次回の会談では併合について必ず話す」と強調。
カーニー首相もトランプ大統領との会談に向けて「願望と現実を区別することが重要だ」「カナダ国民は決して米国には加わらないという意思を明確にした」と牽制、注目された6日の首脳会談は非常に和やかなムードで進行したものの、外交上の社交辞令を終えたトランプ大統領はカメラの前でカナダ、トルドー前首相、フリーランド前外相への不満を語り始め、カーニー首相は約30分間も自国の擁護とトランプ大統領に恫喝されていないよう見せるのに苦心した。

出典:The White House
そしてカーニー首相は「不動産には決して売りに出されない場所がある」と切り出し、トランプ大統領が「それは事実だ」と回答すると「カナダの主権者と会って『カナダは売り物ではない』『今後も売りに出されることはない』と判明した」と述べたが、トランプ大統領は不動産話の意図に気がつくと「絶対にないとは言えない」と言い直して「カナダ併合を諦めない姿勢」を強調したものの、カーニー首相は「失礼ながら、この件についてカナダ人の見解は変わらない」と断言し、カナダ国営放送=CBCは「併合を諦めないトランプ相手に賛辞を交えながら上手くやった」と評価している。
カーニー首相は会談後「非常に建設的な会談だった」「一度の会談で全てが変わるとは思っていない」「両国関係について良い感触を持っている」と、トランプ大統領も「(米国の交渉相手として)カーニー首相の勝利は大きな前進でカナダにとっても良い前進だ」と述べたが、今回の会談で得た具体的な成果は「何らかの新しい貿易協定交渉を始める」という口約束のみだ。
Canada has a new government. No matter how you voted, we are in your service. Together, we will build a stronger, more united Canada. pic.twitter.com/orV9sQ5k8z
— Mark Carney (@MarkJCarney) May 13, 2025
カーニー首相は13日に新しい閣僚を発表、国防相に公共安全相だったデービッド・マクギンティ氏を、国防調達担当に元空軍の戦闘機パイロットだったスティーブン・ファー氏を起用し「国土の隅々まで防衛できるよう陸、海、空、サイバー空間に対して前例のない投資を行い、より強力なカナダ軍を建設する」「分断が進む世界においてカナダ軍はどの程度の相互運用性を備えているのか」「我々は(米加防衛協定について)大きな決断を下さなければならない」「今月27日に政府投資の優先事項を発表する」と述べたため、米防衛産業界は不透明な関係が続く中でカナダ市場へのアクセスを失うのではないかと気にしている。
Defense Newsは16日「既にカーニー首相はF-35A調達計画の見直しを命じている」「トランプ大統領の関税戦争と関連して『カナダが現時点で購入を約束しているのは88機中16機のみだ』と述べた」「国防調達担当に起用されたファー氏がF-35Aを含む防衛装備全体の調達プロセス見直しに取り組んでいくだろう」「ファー氏は過去にF-35の価値とコストに疑問を呈していた人物だ」「まだF-35A調達計画の見直しは初期段階だがフランスや英国と代替機の供給や現地生産について協議している」「さらにカナダは大規模な防衛装備の調達を控えている」と指摘。

出典:Hanwha Aerospace
カナダの大規模な防衛装備の調達とは「自由党が選挙公約に盛り込まれた再軍備計画」のことで、Defense Newsは「自走砲80輌~102輌、通常動力型潜水艦、大型砕氷船、カナダ製の早期警戒機、地上配備型防空システムなどが含まれている」「選挙公約に盛り込まれていないもののCH-146の後継機調達にカナダは129億ドルを投資する予定だ」と指摘し、この需要には既に韓国が名乗りを挙げている。
CBCは今月5日「韓国が200億加ドル以上の防衛装備品(KSS-III、K9、Chunmoo、F-50など)の取引を提案してきた」「これはカナダに欧米以外の武器システム購入を促す前例のない外交的・企業的働きかけだ」「韓国は取引が成立すればカナダ防衛産業の能力強化と防衛協力に全力を尽くすと述べた」と、6日も「現代重工業とHanwha Oceanが潜水艦の売り込みで手を組んだ」「米国製システムへの懸念が高まってるため潜水艦の戦闘管理システムが非米国製なのは重要なポイントだ」と報じ、現時点の状況だけで言えば韓国の売り込みには優位性があるだろう。

出典:Hanwha Aerospace Europe
但し、カーニー首相が防衛装備品の購入を政治的交渉のカードにしている可能性もあり、安全保障関係を直ぐにバッサリとやるかは未知数だ。
それでもカナダ人のトランプ政権に対する不信感は前例のないもので、New York Timesも「カナダ国民は選挙で約束した脅しへの抵抗とカナダの誇りを期待しているはずだ」と指摘しており、トランプ大統領もカナダ併合を諦めておらず、カーニー首相は穏やかな顔の下で重大な決意を固めているかもしれない。

出典:Ministerstwo Obrony Narodowej
因みにDefense Newsは言及していないものの、カナダメディア=Ottawa Citizenは「トランプ政権の脅威にも関わらずカナダ軍はHIMARS購入を希望している」「匿名の関係者は『カナダ軍上層部は米国の脅威とリスクを軽視している』と述べた」と、CBCも「Hanwha AerospaceはHIMARSに類似する多連装ロケットシステムを提案した」と報じており、米防衛産業への依存度を引き下げるならNATO加盟国のポーランドが導入しているChunmooは強力な選択肢になるだろう。
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※アイキャッチ画像の出典:The White House
発言が真実かはともかく、軍が状況を軽視しているというのは兵器調達の見直しや外交上のちょっとした攻防だけで”米国の脅威とリスク”に本当の意味で対処することなど不可能である以上、仕方ないのでは。
北アメリカ航空宇宙防衛司令部「NORAD」について互いに触れないのはなぜ?というも思う。
対立項が争点の話では、上手く行ってる部分は話題にならないだけでは。
韓国から兵器を買うのは良いとして、潜水艦以外はいささかレガシーな兵器だから無人機とか長射程兵器とかF-35の代替とかどうするつもりなんだろうか。
ユーロファイターとかを導入・生産設備を整えたとして、稼働した頃には第6世代機が配備され始めている時代になってそうな気もする。
他はともかくF-50では米国依存のままですね。