欧州関連

KEPD350のウクライナ移転、ドイツは誘導プログラムに制限を加える方針

ドイツのショルツ首相はKEPD350のウクライナ移転について「ロシア領を攻撃できないよう改造する必要がある」と考えており、シュピーゲル紙も11日「ピストリウス国防相がKEPD350の開発企業に誘導プログラムの制限を組み込むよう要請している」と報じている

参考:Bundesregierung prüft Lieferung von Taurus-Marschflugkörpern

バイデン大統領の説得と合わせるとKEPD350のウクライナ提供にはまだまだ時間がかかりそうだ

米英独仏はウクライナに80km先の目標を攻撃できるGMLRS弾と多連装ロケットシステムを提供、ドニエプル川右岸の占領地=ヘルソン解放で重要な役割を果たしたが、ロシア軍は司令部や兵站拠点をGMLRS弾が届かない地域に移動させ、GMLRS弾の射程圏内もPole-21(半径50km以内のGPS信号を妨害する装置)を用いることでHIMARSやMLRSの攻撃抑制に成功したため、GMLRS弾と多連装ロケットシステムによる攻撃効果は決定的なものでは無くなってしまった。

出典:SAAB GLSDB

そのためウクライナはGMLRS弾よりも遠くの目標を攻撃可能な「長距離攻撃兵器」を要請、これを受けてバイデン政権は今年2月にGLSDB(地上発射型小口径爆弾)の提供を発表、HIMARSやMLRSで使用できるGLSDBは「クラスター弾非活性化のため用済みになるM26弾のロケットモーター」と「アフガニスタン紛争で余ったSDB」を再利用した地上発射型の滑空爆弾で、150km先の目標を攻撃できるものの「現物」がなく初回出荷は10月頃になる予定だ。

英国とフランスは反攻作戦の開始に合わせてストーム・シャドウ(仏名:SCALP-EG)を提供、MTCRの規定に準拠した射程短縮バージョン=300km以下を提供しているのか、オリジナルバージョン=500km以上を提供しているのかは不明だが、これまで手が届かなかったルハンシクやクリミアを攻撃するため同ミサイル(Su-24で運用)を使用して効果を上げている。

出典:Zelenskiy/Official

ただ英国とフランスが提供できる数(英国の推定保有は700発~1,000発/フランスの推定保有は500発)には限りがあり、ウクライナは米国(ATACMS)とドイツ(KEPD350)にも同種の長距離攻撃兵器を提供して欲しいと要求しているが、今のところ実現の目処はついていない。

独メディアは5月「ウクライナが正式にKEPD350の提供をドイツ政府に要請してきた」と報じたが、ドイツ政府はKEPD350の提供を拒否しており、ピストリウス国防相も「ドイツがKEPD350を提供する必要性を感じない。ドイツの役割は防空システムや装甲車輌の供給だ」と主張している。

出典:Steffen Hebestreit

ドイツ社会民主党の報道官は6日「米国と共同でならKEPD350のような兵器の供給の可能だ=レオパルト2とエイブラムスの提供と同じとやり方という意味」と言及したが、ショルツ首相は「技術的にKEPD350がロシア領内の攻撃に使用できないようにする必要がある」と考えており、シュピーゲル紙も11日「ピストリウス国防相がKEPD350の開発企業に誘導プログラムの制限を組み込むよう要請している」と報じているの興味深い。

ショルツ首相が考えるロシア領に「クリミアが含まれるのか含まれないのか」は謎だが、ショルツ首相はKEPD350の射程も制限(オリジナルは500km以上)したいと考えているらしく、バイデン大統領の説得と合わせるとKEPD350のウクライナ提供にはまだまだ時間がかかりそうだ。

出典:Photo by John Hamilton MLRSから発射されたATACMS

因みに米下院は「ATACMSをウクライナに供給するための資金」を2024会計年度のNDAAに含めたが、これは下院バージョンのNDAAの話で、上院バージョンとの1本化作業の過程で削除される可能性があり、仮にNDAAの最終バージョンに生き残ったとしてもATACMSがウクライナに届くのは2025年以降になるはずだ。

下院はNDAAの中でウクライナ安全保障支援イニシアチブ(USAI)に3億ドルの資金を配分、この資金の一部=最低でも8,000万ドルをATACMSの調達に投資しろと規定しているため、下院は米軍備蓄から引き出される大統領権限(PDA)経由ではなく「産業界から新たに調達するUSAI経由の資金でATACMSをウクライナに送れ」という意味なり、2023年末までにNDAAが成立しても実際の納品までにはリードタイムが発生する。

関連記事:ドイツ与党、KEPD350の提供はATACMSとセットでなければならない
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関連記事:英国がウクライナへのストーム・シャドウ提供を発表、クリミア大橋が攻撃可能に
関連記事:マクロン大統領、NATO首脳会議でSCALP-EGのウクライナ提供を発表

 

※アイキャッチ画像の出典:Philipp Hayer/CC BY-SA 3.0

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コメント

    • 横田
    • 2023年 8月 12日

    アメリカがATACMSの供与にひどく消極的なのはそもそも供与できるほど余裕がないそうで
    非正規戦対応にここまで注力してしまったのが裏目に出てしまった格好

    5
      • nachteule
      • 2023年 8月 12日

       あくまで米軍の都合だけ考えれば空軍支援もある訳だし後継のPrSMだって控えているから、非正規戦に注力したのが裏目かと言うとな。
       ATACMSをバンバン撃つとしても格下相手の国なら、そこまで撃たないし大国相手なら性能や射程的に使いづらいとかで出番が少ない感じがする。別にPrSM採用まで160発位で全然問題無い状況だと思うし、供与するにしても数十発位で打ち止めで、そこまで数にシビアになるべきかは有ると思う。

      1
    • Artillery
    • 2023年 8月 12日

    供与装備を本土侵攻に使っちゃった前科がありますからね
    ロシア本土には撃たないとウクライナが言った所で信用はないので、改造に時間が掛かって供与が遅れたとしてもウクライナの自業自得ではあります

    3
    • ポンポコ
    • 2023年 8月 12日

    KEPD350でロシア国内を攻撃しないとの約束でなく、プログラム自体を改変するそうだが、

    ドイツのショルツ首相は、なるべくKEPD350を供与したくないようにも見える。

    とは言っても、レオパルドの時のように押しきられる可能性もあるだろう。

    1
      • nachteule
      • 2023年 8月 12日

       ドイツはあまりにもロシア寄りの配慮してNATOで浮いているみたいな話はあるし、エスカレーションを本当に警戒しているのか将来的なロシアとの関係を配慮している結果なのかよく分からんよね。

       KEPD350は使用場所が制限されSu-24でしか使えないが誘導妨害に強い兵器の提供に関してロシアを逆なでするかしないかの判断は難しいと思うが提供にはそれなりに前向きだと思うけどな。
       ATACMSの発射位置の自由度は低いが陸上発射型でプラットフォームの破壊が難しいがGPS併用慣性航法誘導だから方も今となってはハードルは低い部類じゃないだろうか。ロシアのブロガーだったかGPS妨害のおかげで相対的に価値は低下したみたいな事は言っているし、ロシア政府側もそんな情報表に出させると言うことはそう思っている節は有ると思う。射程制限と攻撃範囲制限有りのM57提供するならそこまで刺激することはないと思うが。

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