中東アフリカ関連

イスラエルが手放すパトリオットシステム、ウクライナに向かう可能性は低い

ウクライナへのパトリオットシステム追加供給が行き詰まっている中、Times of Israelは「イスラエル空軍から数ヶ月以内にパトリオットが退役する」と報じたが、このシステムの将来についてイスラエル人アナリストらは「ウクライナに向かう可能性は低い」と説明した。

参考:Israel retires Patriot air defenses as native air defense systems step up

ネタニヤフ首相が安全保障のリスクを犯してまでウクライナ支援に乗り出すわけがない

ウクライナが要請するパトリオットシステムの追加供給に手を挙げたのはドイツのみで、提供候補に名前が挙がっていたギリシャのミツォタキス首相は「パトリオットやS-300の提供には応じない」と断言、ラムシュタイン会議開催に合わせて発表された米支援パッケージにもパトリオットシステム本体の提供が含まれておらず、スペインは本体提供を拒否して「パトリオットシステムの迎撃弾を少数提供する」と表明し、他の保有国も「自国分は出せない」という立場だ。

出典:IDF Spokesperson’s Unit / CC BY-SA 3.0

誰もパトリオットシステムの追加提供に応じない中、Times of Israelは「イスラエル空軍は数ヶ月以内に埃を被っていたパトリオットシステムと別れを告げる」「イスラエルが手放すパトリオットシステムの将来=売却先は不明だ」と報じて注目を集めていたが、Breaking Defenseは1日「ウクライナがパトリオットシステムの追加提供を求める中、イスラエルが手放すシステムがウクライナに向かう可能性は低い」と指摘。

Breaking Defenseの取材に応じたエルサレム戦略安全保障研究所のエフライム・インバール副所長は「パトリオットシステムの売却には米国の許可が必要で、これを米国に売却すれば別の場所に向かうことも可能だが、そんなことをイスラエルがするとは思えない。ウクライナに同情していないからではなく、ロシアがイスラエルの国益に反した行動(シリアやイランに対する軍事面での支援強化)に出ることを恐れているのだ。イランに支援されたヒズボラとの深刻なエスカレーションを懸念している時期に、このような変化が起こるわけがない」と述べた。

出典:Kremlin.ru / CC BY 4.0

ユダヤ人政策研究所のヤーコプ・カッツ研究員も「イスラエルはウクライナに武器(ミサイル防衛を含む)を提供しないという原則を貫いてきた。それを今になって変更し、イランに先端兵器を提供する口実をロシアに与えるとは考えにくい」と述べ、両者とも「イスラエルの安全保障に与えるロシアの影響力」を理由に「手放すパトリオットシステムがウクライナに向かうことはない」と主張しているのが興味深い。

ネタニヤフ首相は前政権時代「イスラエル北部国境に近いシリア領へのイラン軍進駐阻止」と「シリア上空における航空作戦の自由確保」のため対ロシア関係を強化、シリア国内に駐屯するロシア軍はイスラエル空軍によるダマスカス空爆を事実上黙認、イランへの軍事支援もイスラエルの安全保障を脅かさない範囲に限定してきたが、ラピド前政権は公の場でロシア軍のウクライナ侵攻を批判、閣僚が「この血なまぐさい紛争でイスラエルが誰に立ち向かうべきか疑う余地はない」「ウクライナがイスラエルの軍事援助を受け取る時が来た」と発言。

出典:President of Russia

これにロシアのメドヴェージェフ元大統領は「もしウクライナに武器を提供すればロシアとの関係はお終いだ」と述べ、野党に転じていたネタニヤフ氏も「ラピド政権はイスラエルの安全保障に重要な対ロシア関係を軽視している」と批判したことがある。

ロシアは無人機や砲弾を受け取る見返りにイランへの軍事支援(Su-35を含む装備品の売却)を強化しているものの、Breaking Defenseの取材に応じたイスラエル人らは「ロシアの対イラン支援はイスラエルの安全保障に壊滅的な影響を及ぼすレベルではない」と考えているため「ネタニヤフ首相が安全保障のリスクを犯してまでウクライナ支援に乗り出すわけがない」と主張しているのだ。

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※アイキャッチ画像の出典:kremlin.ru

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コメント

    • たむごん
    • 2024年 5月 02日

    ロシアの武器は、すさまじく大量に余剰になることが、ウクライナ戦争停戦後・休戦後にほぼ確定しています。
    イスラエル=ロシアの関係が、ウクライナへのパトリオット提供により致命的に悪化すれば、イスラエルの安全保障は大きな影響を受け続ける事になります。

    イスラエルは、イスラエル=アメリカの関係が注目されがちですが、ロシア・中国・インドとも友好的な関係を継続している国です。
    イスラエルは、戦争中の今は特に余力がないですから、わざわざそんな事をできないだろうなと。

    イスラエル紙カルカリストの想定時よりも、イラン攻撃と防衛などによる予備役再招集など状況は悪化しており、戦費は膨らんでいるでしょうから。

    >戦争が8─12カ月続き、ガザ地区に限定されることや、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラやイラン、イエメンが全面参加しないこと、予備役として徴兵された約35万人が近く職場復帰することを前提にしている。

    (2023年11月6日 イスラエル、対ハマス戦費510億ドルと試算=地元紙 ロイター)
    (2024年2月20日 イスラエル経済、戦争で20%近いマイナス成長-市場の予想以上に悪化 bloomberg)

    20
      • のー
      • 2024年 5月 02日

      確かに。
      ウクライナ戦争も永久に続くことは無いですから。
      いつか戦争が終ると、兵器の生産能力が大幅に過剰になりますね。
      余った兵器は安値で世界中に売られ、溢れかえり、いたるところで戦争が起こるでしょう。
      安価な自爆ドローンが大量に出回ると恐ろしいことになりそう。
      確か日本の明治維新は、米国の南北戦争後に余った武器が大量に流入したのが原因でしたっけ?

      19
        • たむごん
        • 2024年 5月 02日

        仰る通りです。
        武器も、昔から立派な貿易商品の1つですから、余剰になると海外に流れちゃうんですよね。

        戦争再開に備える事を考えれば、軍需工場の生産ラインを残しておく必要もあるでしょうし。

        自爆ドローン、本当に厄介ですよね。
        防衛兵器の方が、基本的に高コストですから…。

        9
    • はひふへ~ほ~
    • 2024年 5月 02日

    言ってもPAC-2だから、あくまで対空用で限定的な弾道弾の迎撃能力しかないからなぁ…。
    ウクライナも『くれる』と言えば受け取るだろうが『ほしい』とは言わないでのは?

    2
      • D-day
      • 2024年 5月 02日

      ウクライナでは配備されないまま消えるんですよ。
      アメリカからも援助した分のかなりの割合が消えたと言われてたでしょ?
      だから使えなさそうな物でもクレクレ、配備前に行方不明になると思う。

      11
      • 2024年 5月 03日

      MANPADSすら足りてない現状ではPAC-2だろうが垂涎のお宝でしょうよ

      3
    • AH-X
    • 2024年 5月 02日

    ウクライナに提供した補填分でドイツにでも売却したらどうですかね?

    2
    • 塞翁が馬
    • 2024年 5月 02日

    結局、米国次第になるのでは。

    イスラエルがロシアとの関係を悪化させたがらないのは事実だろう。
    でもいろいろ言ってもイスラエルが米国とも喧嘩できないのも現実。
    そして米国がウクライナを負けさせる訳にはいかないのも現実だろう。

    まずイスラエルがパトリオットを米国に売却してそれを米国がどう再利用しても、だからロシアがイスラエルと大きく距離を取ることも無いのでは。
    そうしたらイスラエルがウクライナに寄せる理由にもなってしまうのが現実で、ロシアがめちゃめちゃイスラエルに対して立場が強い訳でもないよ。

    8
    •  
    • 2024年 5月 02日

    安全保障上の理由もあるけど、イスラエル極右のウクライナとの歴史認識のズレによる感情的理由もある。
    イスラエル議会でゼレンスキーがリモート演説でロシアの侵略をホロコーストに例えたことでも議員たちの怒りを買った。
    イスラエルにすればウクライナ人はホロコーストの加害者側だったという歴史認識なのだから。

    28
      • kitty
      • 2024年 5月 03日

      民族虐殺の被害者の特権は我々だけのものだ!くらい思っていますからねえ。
      ホロコーストを相対化するような言説にはすぐに噛みつきます。

      7
    • HAWKはどうなったんでしょ?
    • 2024年 5月 02日

    ウクライナへ送るよりもある程度の近代改修してからロシアと国境に接している東欧のNATO諸国へ売却も有かも

    2
    • あるまじろ
    • 2024年 5月 02日

    西側諸国のどこかに行くならまぁそれはそれで

    1
    • 折口
    • 2024年 5月 02日

    典型的なロシア配慮の罠にハマってますねこれは…。正味、ロシアはシリアとの関係は絶対に手放さないし、その意味ではイスラエルがどれだけモスクワに秋波を送っても誤差でしょう。強いて言えば、ネタニヤフ首相が弾劾された後の亡命先候補が1国減るかどうか程度の違いはあるかもしれませんが、どっちにしてもイスラエルが北部で戦いを始めた時点でロシアはシリアに対しては必要な支援をするでしょう。なぜ多くの国家指導者が無意味にプーチンに媚びてしまうのか。

    5
      •  
      • 2024年 5月 02日

      >ロシアはシリアとの関係は絶対に手放さないし

      ロシアがシリアの保護者でいる以上、イスラエルは安心なんだよ。
      ロシアの存在がある限りシリアがイランの傀儡になることはないのだから。
      ロシアがいなければアサドなんかとっくにイランに暗殺されてシーア派の指導者に変えられてる。
      レバノンにイランの傀儡のヒズボラがいるのにシリアもイランの傀儡になればイスラエルはイランに包囲されることになるのだから。

      13
        •  
        • 2024年 5月 03日

        あの…シリアのシーア派って、9割方アラウィー派なんですが、アラウィー派のアサドを暗殺して誰を後釜に据えるんですかね?

        3
          •  
          • 2024年 5月 03日

          以下のとおりイランはアラウィー派をシーア派とは考えてません。

          身内”の侵食に恐れをなすアサド 岡崎研究所

           すなわち、アサドがロシアに支援を請うた第1の理由は敵に対する恐怖にあるが、「これに続く理由は友人に対する恐怖である」とダマスカスの大使館に長く勤めたロシアの外交官が言っている。彼が言うには「アサドとその取り巻きはイランを怖れている。シリアを植民地の如く扱うイランの傲慢さに対する怒りもある」。

           イランの目標は単なる現状維持ではない。レバノンに接する国境地域をヒズボラに維持させるためシリアの正規軍と併存する形で、イランで訓練された数万の戦闘員を含む「国防軍」なるものを作った。しかし、この「国防軍」は今や分解して民兵として地方に展開し始めている。

           非軍事的分野でも著しい変化が生じている。ダマスカス、ラタキア、ジャブラなどで多数のシーア派の教育施設が開設されている。これら施設はスンニ派やアラウィー派をシーア派に改宗させることを狙いとしている。さらに、イランの密使がダマスカスの土地や建物を買い漁り、そこに他国からのシーア派を住まわせようとしている。

           何年も前にオランダに逃れて来たアラウィー派の男に言わせれば「アサドは戦闘員としてのイラン人を欲しがっているが、彼等はイデオロギー的に内政に干渉するようになっている。ロシア人はそういうことはしない」。そこでアサドは宗教的には問題のないロシアに命運を託すことにした。ISに対する戦いというのは口実に過ぎず、ロシアの空爆の対象は反体制派の地域である。

           こうしたイランの影響力を逆転出来るかは疑問である。ダマスカスの西北の都市ザバダニの一件がある。反体制派が支配下に置いていたこの町は、レバノンに接する国境地域全体を支配下に置くことを狙うヒズボラにとって最後の関門であった。7月にヒズボラはここに攻勢を仕掛けた。

           これに対し、イドリブの反体制派はシーア派の幾つかの町の砲撃を始めた。ここでイランが介入し、アサド政権を排除した形で反体制派と交渉を始めた。停戦合意の内容はアサドがのめたようなものではない。このことはイランがアサドの勝利を信じておらず、シリアの宗教的な浄化を含む国の分割が始まったことを示している。

          1
          •  
          • 2024年 5月 03日

          イランのシーア派原理主義はアラウィー派を正当なシーア派と見なしていません。
          シリア内戦時に展開した革命防衛隊は支配地域でアラウィー派やスンニ派教徒をシーア派への改宗政策を推進していたのです。シーア派の外国人の入植も推進してました。
          内戦初期のアサドを軍事力で救ったのはイランですが、その後イランに飲み込まれる危機感を抱いたアサドがロシアにより接近していったのが内戦中期からです。

          2
    •  
    • 2024年 5月 03日

    以下のとおりイランはアラウィー派をシーア派とは考えてません。

    身内”の侵食に恐れをなすアサド 岡崎研究所

     すなわち、アサドがロシアに支援を請うた第1の理由は敵に対する恐怖にあるが、「これに続く理由は友人に対する恐怖である」とダマスカスの大使館に長く勤めたロシアの外交官が言っている。彼が言うには「アサドとその取り巻きはイランを怖れている。シリアを植民地の如く扱うイランの傲慢さに対する怒りもある」。

     イランの目標は単なる現状維持ではない。レバノンに接する国境地域をヒズボラに維持させるためシリアの正規軍と併存する形で、イランで訓練された数万の戦闘員を含む「国防軍」なるものを作った。しかし、この「国防軍」は今や分解して民兵として地方に展開し始めている。

     非軍事的分野でも著しい変化が生じている。ダマスカス、ラタキア、ジャブラなどで多数のシーア派の教育施設が開設されている。これら施設はスンニ派やアラウィー派をシーア派に改宗させることを狙いとしている。さらに、イランの密使がダマスカスの土地や建物を買い漁り、そこに他国からのシーア派を住まわせようとしている。

     何年も前にオランダに逃れて来たアラウィー派の男に言わせれば「アサドは戦闘員としてのイラン人を欲しがっているが、彼等はイデオロギー的に内政に干渉するようになっている。ロシア人はそういうことはしない」。そこでアサドは宗教的には問題のないロシアに命運を託すことにした。ISに対する戦いというのは口実に過ぎず、ロシアの空爆の対象は反体制派の地域である。

     こうしたイランの影響力を逆転出来るかは疑問である。ダマスカスの西北の都市ザバダニの一件がある。反体制派が支配下に置いていたこの町は、レバノンに接する国境地域全体を支配下に置くことを狙うヒズボラにとって最後の関門であった。7月にヒズボラはここに攻勢を仕掛けた。

     これに対し、イドリブの反体制派はシーア派の幾つかの町の砲撃を始めた。ここでイランが介入し、アサド政権を排除した形で反体制派と交渉を始めた。停戦合意の内容はアサドがのめたようなものではない。このことはイランがアサドの勝利を信じておらず、シリアの宗教的な浄化を含む国の分割が始まったことを示している。

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