米国関連

米空軍は極超音速兵器の早期実用化を断念か、失敗続きのAGM-183Aを見放す可能性

米空軍が実用化を急ぐ極超音速兵器「AGM-183A ARRW」が再び試射に失敗、ケンドール空軍長官は「年内に予定されている試射の結果次第でARRWの開発を中止する可能性」を示唆、来年度の開発予算を削減し量産資金も削除した。

参考:ARRW hypersonic missile test failed, US Air Force admits

米空軍は先行するロシアや中国との差を埋めようARRWの実用化を急いだものの、どうやら早期実用化は無理だと判断した可能性が高い

米空軍は空中発射に対応した2種類の極超音速兵器開発を進めており、1つ目はスクラムジェットを使用した極超音速巡航ミサイルのコンセプトモデル「HAWC」で、2つ目は極超音速で目標に向かって滑空するブースト・グライド・ビークル(極超音速滑空体/HGV)を搭載する「AGM-183A ARRW」だ。

出典:DARPA HAWCのイメージ

HAWCは2020年末に実施された試射でリリースシークエンスのトラブル=B-52Hからの切り離しに失敗したが、2022年9月にB-52Hからの切り離しに成功、ブースターに点火して所定の速度までの加速、HAWC本体のスクラムジェットによる極超音速飛行が成功、極超音速巡航ミサイルを実用化する上での技術的課題をクリアした。

しかしHAWCはコンセプトモデルなので直ぐに実用化される予定はなく、レイセオンとノースロップ・グラマンのチームはHAWCの実用モデル開発のため新たな契約を授与された段階で、54ヶ月以内=2027年までに実用モデルをオーストラリアで試射(サザンクロス統合飛行研究実験)して初期モデルを納入する予定だ。

出典:Air Force photo by Giancarlo Casem B-52Hに搭載されるAGM-183A ARRW

もう一方のAGM-183A ARRWについては「2021年中に量産を開始、2022年中に初期作戦能力を宣言する」と米空軍は豪語していたが、量産に移行するための試射が尽く失敗して性能確認が進まず、2022年5月にB-52Hからの切り離しとブースター点火に成功、2022年12月の試射で「ブースター」と「HGV」が想定通りに作動したため量産開始に希望が見えてきたところだが、2023年3月の試射が再び失敗してしまう。

議会の公聴会に出席したケンドール空軍長官は「2023年3月の試射では必要なデータが何も得られず、何が起きたのかを理解するため調査を行っているところだ。年内にあと2回の試射を行う予定で、この結果を元に2025会計年度予算の中でARRWプログラムを継続するかどうかを決めることになるだろう。現時点はARRWよりHAWCの方に空軍は力を入れている」と語り、年内に予定されている試射の結果によってARRWの開発を中止する可能性を示唆した。

出典:ロッキード・マーティン AGM-183A ARRW

米空軍はHAWCの開発を継続するため2023年に4.23億ドル、2024年~2028年までに計18億ドル以上の資金を同プログラムに供給する予定だが、試射が失敗したARRWへの資金供給は削減(2022年/3.8億ドル→2023年/1.15億ドル)されており、米空軍は2024会計年度予算でARRWに1.5億ドルの資金を要求しているものの「調達資金」を要求しておらず、関連文書からもARRWの継続開発に必要な今後の資金供給に触れていない。

つまり米空軍は実用化を急いでいたAGM-183A ARRWから距離を置き始めており、試射が成功しても量産に必要な資金を要求していないため、仮に全てが順調に進んで空軍がARRWを見放さなかった場合「初期量産が登場するのは2025年~2026年の間になる」という意味だ。

米空軍は先行するロシアや中国との差を埋めようARRWの実用化を急いだものの、どうやら早期実用化は無理だと判断した可能性が高い。

関連記事:米空軍がAGM-183Aの試射に3回連続で失敗、2021年中の量産開始は不可能に
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※アイキャッチ画像の出典:ロッキード・マーティン AGM-183A ARRW

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コメント

    • uralT72
    • 2023年 3月 29日

    ICBMを置き換えるような物じゃなく、キンジャールみたいなもんか。だったら安全保障の根幹に関わるようなもんじゃないから失敗しても別に大した事ないと思う。

    14
      • HY
      • 2023年 3月 29日

       極超音速兵器が「MD破り」という側面を考えると安全保障の根幹だと思うけどね。プーチンがウクライナ侵略したのも、習近平が台湾へ軍事圧力を高めているのも、その優位性があるからとも言えるよ。

      12
    • 通りすがり
    • 2023年 3月 29日

    極超音速・ラムジェットがゆえの部分で失敗してるようには見えないのがなんとも…

    12
      • 通りすがり
      • 2023年 3月 29日

      訂正
      ×ラムジェット ○滑空弾

      もっとも、ブースター部分も既存のと技術的に大きく違うなら、そこで問題出ても不思議はないけど

      4
    • バーナーキング
    • 2023年 3月 29日

    これ自体がコケるのはそこまで大した事ではないと思うんだけど、
    どうにも海でも空でも続け様に迷走してる様に見えるのがなぁ。
    とゆーかこーゆー失敗をデジタルで潰しておけるのがデジタルエンジニアリングの大きな強みの一つじゃないのかね。
    まあデジタルエンジニアリングなんぞ影も形もない様な時代に設計開発されたB-52Hとの連節部はその恩恵に与れん、と言われりゃそうかもしれんが…。

    20
      • HY
      • 2023年 3月 29日

       デジタルは万能じゃないってこと。むしろアナログの時代に傑作品が多く出ている気がする。B-52はその典型。

      4
    • フルシチョフ
    • 2023年 3月 29日

    極超音速ミサイルに関しては東側が先行って事か
    新しいスプートニク・ショックになったりするのかな

    6
      • 通りすがり
      • 2023年 3月 29日

      先行はしてるけど、向こうも実戦配備まだだしなぁ。まあ近いだろうけど
      空中発射型の弾道ミサイルは既にウクライナで使ったみたいだけど
      あの手のは西側は有用性あると見てなくて作ってないし、イメージ的にはともかく実際の効果は怪しいもの

      9
        • nachteule
        • 2023年 3月 30日

         空中発射型の弾道ミサイルに関しては極超音速ミサイルに含めるかの話は必要じゃないの?アメリカ政府は弾道ミサイルがマッハ5を超えるのは昔からだから除外しているし。

         実際作っていないのは事実だけどアメリカのHAWCプログラムは14年からやっているし2000年代より前でも超音速兵器開発研究は進めている。18年の国家防衛戦略では将来の戦争において戦い抜き勝利することができる枢要な兵器(極超音速兵器)の一つとしているから時代や国によって考え方は違うだろう。それを受けてのAGM-183A ARRW開発スタートだし。今だと対中や対ロの正規戦を考えるとステルスで低速だけではなく高速によるペネレトレイト能力は必要との判断だと思う。

         西側がこの手の兵器を作っていない理由は本体サイズが大きく重くなり射程が短くなる傾向がある事と正規軍相手に隠密生が微妙でコスト増の問題があるからだけど考え方次第じゃないの?有るけど使わないのと無いから使えないのとでは天と地ほどの差がある。
         仮に2000年代初頭に超音速兵器を広く米軍が保有していたら早々にビンラディンは殺害されていた可能性もあるし、03年にはそれに近い考え方で国防総省が10社ぐらいに指示を出してトマホーク代替の超音速兵器の開発の流れはあった。ifだが早々に殺害出来ていればその後の戦争犠牲とか無くて歴史は結構変わっていた可能性はある。

        0
      • pp
      • 2023年 3月 29日

      こういうのが西側から出張ってくる状況だとサルマトの出番になるなとずっと考えるのですが・・・
      サルマトがハッタリで機能しない条件下でしか機能しない兵器・・・どうなんでしょうかね実際

      1
    • 干物
    • 2023年 3月 29日

    陸軍の極超音速兵器は比較的順調なのでダークイーグルと
    その派生型にリソースを集中させるのかもしれませんね。

    3
    • 折口
    • 2023年 3月 29日

    ありゃ、厳しそうですか…。巡航ミサイルや弾道ミサイルと同じカテゴリの戦略兵器である極超音速兵器を必ず空軍も使えるようにしなくてはいけないという動機は今の米軍には無いんでしょうね(中国やロシアに極超音速兵器を使いたければ地上発射型を同盟国に展開すればいいし、それ以外の国は通常の亜音速ミサイルでも充分)。この辺は冷戦中に一通り研究開発配備されたけど殆ど使い所がなかったALBMに通じる気がします。

    ただ、この先中露の防空システムの性能も向上していくはずですし、水上戦にも極超音速兵器が組み込まれるのは明らかです。そうなってくるとエアシーバトルの打撃力を空母航空隊に依存する米軍には空中発射可能な極超音速兵器は絶対必要でしょうし、同種の技術研究の継続だけは必要=暫定配備型であるARRWを切ってHAWCに集中するという考え方も理解できます。

    5
      • ヤゾフ
      • 2023年 3月 29日

      ARRWとHAWCの違いを確認してましたが、HAWCの方が技術実証と試験成功重ねてるためそっちにリソース集中も理解できます。
      米軍の計画は三軍で並行してて用途に応じた派生として何で統合しない…?と疑問になる事もあるので米空軍は当面HAWCへの一本化は良いかなと見てます。
      デジタルエンジニアリングも仮想空間での検証なので、結果の検証には現時点では不向きな技術だと…

      1
      • HY
      • 2023年 3月 29日

      >巡航ミサイルや弾道ミサイルと同じカテゴリの戦略兵器である極超音速兵器

       弾道ミサイルはともかく巡航ミサイルは戦術兵器ですよ。極超音速も核搭載なら戦略兵器ですが、通常弾頭なら戦術にも使えるはず。というか空中発射は戦術を志向した開発だと思うのですが。

      4
    • 灰色の猫
    • 2023年 3月 29日

    どうしてそんなに何度も同じような箇所で失敗するのか純粋に疑問です。
    空中発射式ってそんなに難しいのでしょうか。

    1
      • ネコ歩き
      • 2023年 3月 30日

      今回は、発射に成功したものの計画していたデータを取得できなかったということです。その意味での試射失敗。
      つまりデータ取得システムが正常に機能しなかったので所期の目的を達成できなかった。その理由は現在特定できておらず調査中だと。
      ARRWプログラムの今後は現在保有する試作2発の結果を見て決めるということです。

    • ズマ
    • 2023年 3月 29日

    空軍はB21やステルスミサイルにお熱なので極超音速兵器に興味ないんでしょう
    逆に陸軍はLRHWしかないので気合を入れて開発してるようです
    空軍からすれば海軍と陸軍は俺の仕事を密漁する悪しき海賊団ないし山賊様なモンでしょうかね

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