米国関連

米海軍がT-45の後継機入札を2年延期、開発遅延のT-7Aにとっては幸運

米海軍はパイロット養成に使用しているT-45 Goshawkの後継機について「2026年度から調達を開始する」と公言していたが、米海軍は入札開始を2026年度に延期する方針で、T-7Aの開発に手間取るBoeingにとっては幸運としか言いようがない。

参考:U.S. Navy Pushes Back T-45 Replacement Timeline

幸運の中でT-7Aの状態を立て直せば、Boeingは空軍と海軍が同一機種を採用するスケールメリットをアピールできる

米海軍はパイロット養成に使用しているT-45 Goshawkの後継機(Undergraduate Jet Training System=UJTS)について「2026年度から調達を開始し、2026年度に10機、2027年度に12機、2028年度に12機、2029年度に12機調達する」と言及していたが、Aviation Weekは6月末「米海軍がUJTSの入札開始を2年延期した」と報じ、米海軍はUJTSに空母への着艦訓練能力を含めるかどうか迷っているらしい。

出典:Petty Officer 3rd Class Kallysta M Castillo

艦載機のパイロットは空母着艦のための最終アプローチを手動で制御する必要があり、この能力をパイロットに取得させるためには膨大な訓練が必要だったものの、F-35Cには最終アプローチを安全に行うためのDelta Flight Path(DFP)が採用されているため、パイロットは経験や能力に頼った最終アプローチから解放されている。

この技術をベースにMagic Carpetと呼ばれる精密着艦モード(Precision Landing Mode=PLM)が開発され、F/A-18E/FやEA-18Gの着艦作業も劇的に容易になり、PLMを使用しないと最終アプローチ(平均18秒間)中に300回近いコース修正が行われるが、PLMを使用すると着艦経験の少ない新人パイロットでも20回程度のコース修正で着艦でき、既に着艦資格取得訓練(Carrier Qualifications=CQ)からも手動による最終アプローチが廃止済みだ。

出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Huey D. Younger Jr./Released

米海軍はUJTSに関する情報提供依頼書(RFI)の中で「アレスティングワイヤーによる着艦能力」や「タッチアンドゴー対応」を求めておらず、手動着艦資格取得をシラバスから削除するかどうかの検討に入っており、グレゴリー・ハリス少将も「将来的に固定翼機を運用する空母は削減される可能性がある」「運用に費用がかかる空母を使用して着艦資格の取得や維持を行うという贅沢(ドック入り前や海外展開前の空母を訓練空母に指定すること)はもう許されない」と述べていたが、6月に発行したRFIの中で「着艦訓練の必要性を慎重に検討している」と述べてUJTSの入札開始を2024年から2026年に延期した。

当初計画では2024年度に入札を開始、2026年までに勝者を選定して契約を締結、2026年度から後継機取得のための発注を開始する予定だったが、入札は開始は2026年度の第3四半期、契約締結は2028年度の第2四半期に変更されているため、T-7Aの開発に手間取るBoeingにとっては幸運としか言いようがない。

出典:Air Force photo by Todd Schannuth

UJTSには3つの競合(T-7A、M-346N、TF-50N)が浮上しており、T-7Aは新型射出座席が設計通りに機能せず、飛行制御用のソフトウェア開発が難航し、構成部品の品質問題にも悩まされ、2026年から2027年にIOC宣言がずれ込むと予想されていたが、空軍は予算案の中で「2028年にずれ込む」と明かし、M-346Nを提案しているTextronとLeonardoに「新聞やメディアのニュースを読む限りT-7Aが有利だと思っていない」と言われる始末で、もはやT-7AをUJTSの競合相手とすら見ていない雰囲気だった。

Lockheed Martinと韓国航空宇宙産業もATTやUJTSへの挑戦を見越してT-50へのATARS(RED6が開発したATARSはAR技術を応用した訓練システム)統合を発表、このシステムはT-7A、F-15EX、Hawk T2、AERFLEXへの採用が決まっており、Lockheed Martinは「最終的にF-16、F-22、F-35といった当社のプラットフォームにも統合される可能性がある」と述べているため、T-7Aが備えている拡張能力や再現能力はT-50にも引き継がれ、海外市場に供給されているF-16やF-35にもATARSを統合すればT-50の強みが増すだろう。

Boeingは「入札延期」という幸運の中でT-7Aの状態を立て直せば「空軍と海軍が同一機種を採用するスケールメリット」をアピールできるため、これ以上の開発遅延は絶対に許されない。

関連記事:米海軍の次期練習機に挑戦するTextronとLeonardo、T-7Aに優位性はない
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関連記事:T-50にRED6のATARSを統合、米戦術訓練機を受注するための布石か

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy Photo by Ensign Alan Wang

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コメント

    • 鼻毛
    • 2024年 7月 05日

    僥倖っ……!なんという僥倖……!

    14
    • 幽霊
    • 2024年 7月 05日

    入札延期で延期している間にT-7Aが抱える問題が解決したならT-7Aの採用はほぼ確実でしょうね。

    7
    • そら
    • 2024年 7月 05日

    正に地獄に吊されたクモの糸
    ボーイングはこの大チャンスを活かせるのか?
    これ潰したらいよいよ終わりだぞ

    9
      • 匿名希望係
      • 2024年 7月 05日

      ぶっちゃけて逃がしてT-45Dに進んだ方がおいしいと思う。

    • 765
    • 2024年 7月 05日

    はー、着艦って今そんな事になってるんですね。技術の進歩ってすごい

    11
      • T.T
      • 2024年 7月 06日

      最後に頼れるのは人間の技術だけ。着艦システムが故障で使えなくなる場合には備えた方が良いと思うのだが・・・。

      2
        • バーナーキング
        • 2024年 7月 06日

        「万が一に備えるプラスアルファのスキル」なら別に練習機で修得する必要はなくて、
        艦載機乗りになってからF/A-18やF-35で日々の訓練の中でやればいいのではないでしょうか。

        2
      • そら
      • 2024年 7月 06日

      次のトップガンでは、若手がベテランの後ろで主導着艦にビビり散らすシーンがありそう

      4
    • 匿名希望係
    • 2024年 7月 05日

    どいつもこいつも性能基準に達してないっていう地獄
    普通にT-45近代化した方が良いと思うよ。マジで

    3
      • 戦略眼
      • 2024年 7月 06日

      自衛隊のT-4もね。

    • p
    • 2024年 7月 05日

    ボーイングネタは相変わらずですが、「Magic Carpetと呼ばれる精密着艦モード(Precision Landing Mode=PLM)」の話は初見で良かったです。

    6
    • 朴秀
    • 2024年 7月 05日

    ボーイングに幸運が降ってきたんじゃなくて
    ボーイングが議員を動かして幸運を起こしたんじゃないですかね
    いや政治力も実力かもしれませんが

    11
    • jimama
    • 2024年 7月 05日

    >>新型射出座席が設計通りに機能せず、飛行制御用のソフトウェア開発が難航し、構成部品の品質問題
    イヤ全然ダメじゃんコレ
    特に最後、コレはボーイングだけ頑張ればなんとかなるもんでもないでしょ
    今のボーイングに2年やそこらで解決できるような根の浅い問題でもなさそうだし
    開発費用かさんでやっぱりだめでしたになりそうな予感

    10
      • 匿名希望係
      • 2024年 7月 06日

      ボーイング「だ、大丈夫、艦載型を作る開発費がかさむのは全候補同じだから」(震え声)

      2
    • nachteule
    • 2024年 7月 06日

     上手くいけばT-38以来の話になるが今考えるとT-38ってF-5とかに繋がっていてすごい機体だったんだよなぁ。米国には関係無いだろうがウクライナを見ていると練習機もいざという時は戦力として使えるぐらいじゃないときつい感じはするなぁ。

    1
    • 2024年 7月 06日

    ボーイングはCEOが航空機に興味なさそうなのが問題だな。

    2
    • バーナーキング
    • 2024年 7月 06日

    T-7AやボーイングはさておきT-45の話をすると、揉めてるのは

    >「タッチアンドゴー対応」を求めておらず

    の部分ですかね。
    ここでも紹介されていた以前の報道では「空母でのタッチアンドゴー対応」は要求してたはずなので、それすら要らん、という話が出ているんでしょうか。
    空母へのタッチダウンを想定するなら当然(着艦ほどではないにしても)機体や降着装置に強度が要求され、その分重量もコストもかさみますので、空母側が「もう訓練に使う余裕も必要もねーよ」というのに練習機側だけ対応してても無駄になりますからね。

    2
    • 58式素人
    • 2024年 7月 06日

    ”着艦訓練の必要性を慎重に検討している”
    当然かと思います。
    母艦側または機体側でシステムに故障があれば、
    機体は(下手をすると搭乗員も)ドボン?な訳ですし。

    2
      • バーナーキング
      • 2024年 7月 07日

      上にも書きましたが以前の記事では「空母への着艦能力は不要」ながら「空母でのタッチアンドゴー」への対応は要求してたんですよ。

      >空母への着艦に非対応な謎仕様? 米海軍の次期訓練機プログラムが始動

      対して今回は

      >米海軍はUJTSに空母への着艦訓練能力を含めるかどうか迷っているらしい。
      >「タッチアンドゴー対応」を求めておらず

      との事なのでそれすら削ろうかという話でしょう。
      「着艦能力のない練習機で着艦訓練」って事は「地上基地から往復+タッチアンドゴー(できれば数回)」ができる距離に空母を縛り付けてしまう訳で「練習機の負担を減らすために空母を一隻拘束する(=空母側の訓練内容が大幅に制限される)」んじゃ本末転倒ですからね。
      そうなると現実的な選択肢は「着艦能力あり」「着艦訓練能力もなし」の2択になり、これまでの印象だとほぼ後者確定じゃないかなぁ。
      で、そんだけインパクトのある選択肢には当然抵抗勢力も少なくない、と。

      3
        • 58式素人
        • 2024年 7月 08日

        他所の国のことですが。
        WW2の米海軍は、艦載機の着陸訓練を、
        五大湖に浮かべた練習船で行っていたと読んだことがあります。
        つまり、艦隊所属の空母は使っていなかった?、と想像します。
        今はどうなのでしょう。良くはわからないのですが。
        素人が勝手なことを言うと”同じことをすれば”と思うのです。
        今の米軍を見ていると、先を見ているのか、ただ混乱しているのか、
        自壊しつつあるのか、良くわからない印象ですね。

    • モラ
    • 2024年 7月 07日

    T-45、相当使いやすいというか優秀な機体だったんですね…

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