欧州関連

アルメニア大統領、戦争を予見してもナゴルノ・カラバフ問題から逃げた

アルメニアのハチャトゥリアン大統領は「戦争を予見していたのにナゴルノ・カラバフ問題から逃げ続けてきた」と述べ、現地メディアは「安全保障政策における現実逃避と本質的な意思決定の先送りが残念な結果をもたらした」と報じている。

参考:Armenian President Acknowledges Predictability of 2020 War: A Failure to Confront Reality
参考:Armenia President: War of 2020 was predictable back in 1990-1991 but we didn’t want to face the truth

アゼルバイジャンとの戦争を予見していたのに何も手を打たなかった

アルメニアのパシニャン首相はユーラシア経済連合の首脳会談の中で「アルメニアとアゼルバイジャンは領土の一体性を相互承認することで合意した」と、アゼルバイジャンのアリエフ大統領も「領土の一体性の相互承認に基づく両国の関係正常化には深刻な前提条件があるが、アルメニアがナゴルノ・カラバフをアゼルバイジャン領の一部と認識していることを考慮して和平協定を締結する可能性がある」と発言して注目を集めており、海外メディアも「南コーカサスにおける外交的雪解けの兆し」と報じている。

出典:ՀՀ նախագահի աշխատակազմ

アルメニアのハチャトゥリアン大統領も26日「我々は2020年の出来事(惨敗を喫したナゴルノ・カラバフ紛争のこと)を予測できたのに見て見ぬ振りをした。将来に対する包括的なビジョンもなかったため国民には「問題は時間が解決してくれる」と説明する方が簡単だった。そのため交渉プロセスの長期化を選択したが、ここでもアゼルバイジャンが進めていた戦争準備を見て見ぬ振りをした」と語り、アゼルバイジャンとの戦争を予見していたのに何も手を打たなかったと認めた。

この発言について現地メディアは「20年以上も続けた交渉中、誰の目にもアゼルバイジャンの戦争準備は明らかだったのに政府は認めようとせず、安全保障政策における現実逃避と本質的な意思決定の先送りが残念な結果をもたらした。我が国の苦しい立場を改善するには『安全保障戦略の包括的な見直し』と『アプローチの転換』が必要で、過去の失敗を率直に認める大統領の発言は国民が真実を直視し、自国の安全と将来の繁栄を確保するため積極的な対策に取り組むよう警鐘を鳴らすものだ」と指摘している。

出典:Президент России

両国の首脳は「領土の相互承認に基づく和平協定の締結」で政治的に合意しているものの、協定の中身=法的要件を詰める作業は道半ばで、アルメニア系住民の権利を保護する仕組みを話し合う枠組みをどうするのか、ザンゲズール回廊をどうやって実現させるのかなど乗り越えるべき問題も多いが、この和解に向けた動きについてアルメニアのメディアも世論も比較的冷静に受け止めており、不安定だった南コーカサスの安全保障環境は大きく改善するかもしれない。

ただし本当の意味での和解=アルメニア国民とアゼルバイジャン国民の感情的なしこりを解消するには長い時間がかかるだろう。

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※アイキャッチ画像の出典:ՀՀ նախագահի աշխատակազմ

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コメント

    •  
    • 2023年 5月 28日

    戦争の準備ができていなかったこと、準備ができてないのに戦争を選んだことの2つが大きな間違い
    歴史的経緯も国際世論も無視してナショナリズムを煽り続けたせいで無謀な戦争を避けられなかった

    17
    • K(大文字)
    • 2023年 5月 28日

    アルメニアの失策って結局は「実効支配にあぐらをかいていた」ってことに尽きるのかな。
    実効支配は領土問題では相当強力なポジションだけど、それだけで万全という事でもない。歴史的経緯からするとアルメニアに理がある訳でもなし、アゼルの遺恨は相当なものだったろうに。
    ただまぁ、それに加えてウクライナ侵略でロシアが自滅して地域情勢のグリップが効かなくなったのは極めつけの外部要因ではある。
    「揉めてる相手と共通のケツモチが居て」「自分が実効支配しているから」といって領土問題を放置して備えもしていないと、いつか痛い目に遭うかもねという教訓ですな。

    36
      • STIH
      • 2023年 5月 29日

      単に軍備を整えなかっただけでなく、国際的にアルメニア領であるというアピールが全くできてなかったのが致命的だったと。結局モスクワの裁定でアゼルバイジャン所管となっただけで、アゼルバイジャン側に絶対的な正当性があったわけじゃない。そこをついてアメリカはじめ西側を説得できてればまた違った展開だったんじゃないでしょうか。でしょう。ところがCSTOから脱却できなかったし、あそこをアルメニア領と認めてた国ってほとんどなかったんじゃないでしょうか。
      こうなるとアルメニアがあそこを取り返すのは、西側諸国が元気な間は難しいんじゃないでしょうか。

      9
        • 第十軍団
        • 2023年 5月 29日

        そもそもアルメニアがアルツァフ共和国承認してなかったので…

        1
    • 2023年 5月 28日

    戦争はやはり準備段階で始まっているのですね。ウクライナでも開戦前から武器提供は始まっていましたし。近い将来その時に日本はどれだけ出来ているでしょうか?これだけ言われてて何も無いという事は流石に無いでしょうけど。

    17
    • マサキ
    • 2023年 5月 28日

    *我々は2020年の出来事(惨敗を喫したナゴルノ・カラバフ紛争のこと)を予測できたのに見て見ぬ振りをした。将来に対する包括的なビジョンもなかったため国民には「問題は時間が解決してくれる」と説明する方が簡単だった。

    我が国の事のようで耳が痛い。
    今回のコロナのバカ騒ぎ、東本大震災の原発対応を見てわかるように、日本は「最悪の事態を想定して事前準備しておくこと」がまるで悪であるかのような雰囲気だ。
    コロナも原発も、実際に問題が起きてから「想定外」を連発して大騒ぎし、場当たり的に対処していった。

    場当たり的な対処にならないためにも、日本の国防に対して(主に、中国・ロシア・北朝鮮)「最悪の事態」を、正々堂々とオープンに議論したいところだが、こういう話をすると「外国を刺激して戦争がしたいのか!」と騒ぐ輩が、まだまだ多いんだろうな。

    47
    •  
    • 2023年 5月 29日

    実効支配してる側はどんなに正統性がなかろうとどうせ話を聞く気がないんだから武力使うしかないわな
    竹島とか

    15
      • xyz
      • 2023年 5月 29日

      竹島に関しては武力使って取り戻しても島と不安定な領海が増えるだけじゃあ
      血を流してまで取り返す価値ないからな。

      10
        • ブルーピーコック
        • 2023年 5月 29日

        将来的にこじれるからと『マッカーサーの電報(国務省機密電文3470号)』と『ヴァンフリート特命報告書』の双方から「アメリカが仲介して国際司法裁判所に適切に付託すべき」と忠告されていたんですけどね。完全に機を逸してる。
        当時、大統領だったアイゼンハワーが(自分の戦場だった)ヨーロッパ重視だったのもあるんでしょうけど。

        23
    • れんちゃ
    • 2023年 5月 29日

    アゼルバイジャンには同じテュルク系で言語文化圏が近いトルコがついてる(更に第一次世界大戦の血なまぐさい争いもあって元からトルコ国民はアルメニアが嫌い)。そしてアルメニア内の飛び地問題があって、ナゴルノ・カラバフの回廊を武力でどうこうと主張し続けようものなら、アルメニアの南部領土を奪われて南方国境を全て封鎖されて南北の流通ルートが完全に遮断されてしまう致命的問題に直面する事になるんだよね…
    アルメニアが領土保全をアゼルバイジャンに求めているのはこの南方遮断を行わせない思惑があるとされていて、背に腹は代えられないって事かな。ナゴルノ・カラバフへの回廊と交換だとか言われた日にはえらい事になってしまう…しかも、ロシアはトルコに仲介の期待を寄せていて、頭が上がらない状態で全然アテにならないんだよね。それでアルメニアはロシアに裏切られたと思ってる。

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