インド太平洋関連

韓国企業が海軍艦艇向けのMRO事業に本腰、潜在的な顧客に米海軍が浮上

韓国のハンファオーシャンは海軍艦艇向けのMRO事業を新設、潜在的な顧客にはMROに年間139億ドル=約2兆円も投資する米海軍が浮上しており、英国、イタリア、オーストラリア、シンガポールに続き米国進出を狙っているのかもしれない。

参考:한화오션, 18조 규모 美군함 정비시장 진출

本格参入なら米国に拠点を確保して米法人として受注を狙う形になるだろう

米中対立がもたらす軍事的緊張を背景にインド太平洋地域では海軍戦力の拡張が続いており、韓国のハンファオーシャンは海軍艦艇向けMRO(Maintenance, Repair and Overhaul=艦艇の整備・修理・点検)サービスの需要が高まる予想、この国際的な需要を獲得するため「本格的な海軍艦艇向けのMRO事業を扱う専任部門を新設した」と報じられており、潜在的な顧客にはMROに年間139億ドル=約2兆円も投資する米海軍が浮上している。

出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Sean Lynch/Released

米造船業界は高まる保守需要をスケジュール通り捌くのが難しくなっており、メンテナンスを受けた米駆逐艦の約7割は予定された期日通り海に戻ることが出来ず、新たにメンテナンスを受けるためやってきた駆逐艦はドックが空かないため無意味に港に係留され「多くの時間を無駄にした」という報告が議会に提出(2019年)され、ギルディ作戦部長は2021年に「造船業界は利益になる艦艇建造を優先して既存の艦艇や潜水艦の修理を後回しにしている」と批判していたが、艦艇建造のスケジュールも守られているとは言い難い。

海軍のダリル・コードル大将は今年1月「我々は10隻の潜水艦を発注したのに手元に届いたのは6隻だけで、残りの4隻はどこに消えたのか?現在19隻の潜水艦が整備中か整備待ちの状態だ。もし全ての作業がスケジュール通りに行われていれば潜水艦艦隊の戦力は9隻も増えていた計算でこれは相当な数で、私の部隊は既に潜水艦が不足している」と産業界への不満をぶちまけているため、米造船業界は根本的に300隻に満たない米海軍の艦艇運用を支えるだけの能力がないのだ。

出典:人民海军成立72周年

勿論、米海軍は老朽化したドックの改修や施設の拡張に資金を投資しているものの、中国の造船業界も海軍のさらなる要求に応えるため建造能力の強化に取り組んでいる。

特に空母建造を手掛ける中国船舶工業集団公司が進めている大規模な造船所拡張プロジェクトは、28億ドルを投資して艦艇建造技術の研究施設や設計、屋内と屋外の造船施設、ブロック工法で建造された区画を精密に組み合わせる専用施設、進水した艦艇の艤装用岸壁などを含む近代的な複合造船施設を「3年間で建設する」というもので、2023年末までに「年間6隻の艦艇建造能力を新たに確立し、強襲揚陸艦、水陸両用艦、フリゲート艦といった艦艇を現在よりも速く効率的に建造できるようになる」と主張。

出典:微博 lyman2003

現在でも中国は「1つの乾ドックで052DL型駆逐艦を5隻同時に建造する」という異次元の艦艇建造能力を有しており、もう米国の造船業界が単独で中国の造船業界と勝負するのは不可能に近く、ハンファオーシャンはMRO事業を扱う専任部門を新設して「米海軍需要」を狙っていくという意味だ。

ハンファオーシャンのMRO事業がどのような形になるのか不明だが、既に米海軍のMRO事業には英国のBAE、イタリアのフィンカンティエリ、オーストラリアのオースタル、シンガポールのSTエンジニアリングなどが進出済みで、米海軍は海外拠点で特定のメンテナンスを実施することはあっても「アップグレードを伴うオーバーホール」は本土に回航して実施するため、本格参入なら米国に拠点を確保して米法人として受注を狙う形になるだろう。

出典:U.S Navy photo by Seaman Darren Cordoviz

米国も韓国の投資で国内に整備拠点が増えるなら雇用の創設という側面からも歓迎する可能性が高いが、韓国の造船所でサービスを提供する形態ならどうなるのか予想もつかない。

因みに現地メディアは「高度な技術力とノウハウを必要とする海軍艦艇向けのMROサービスを海外から受注すれば、それだけ顧客国の海軍から信頼性を認められることになるため、MRO事業の強化は今後の艦艇輸出にも是正的な評価をもたらす」と指摘している。

出典:U.S. Air National Guard photo by Staff Sgt. Mercedee Wilds

大韓航空の軍事部門はアジア太平洋地域で最大の航空機向けMRO施設「釜山テックセンター(軍用機を50機同時に整備可能らしい)」を運営中で、在韓米軍機や在日米軍機だけでなく米国本土や欧州に配備された米軍機を受け入れ、その関係でボーイングからA-10の交換用主翼製造を受注しており、ハンファオーシャンもMRO事業から新たなビジネスチャンスを掘り起こすつもりだ。

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※アイキャッチ画像の出典:Photo courtesy BAE Systems

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コメント

    • ハハハ
    • 2023年 6月 05日

    最近こういう系の話題、韓国ばっかだな。

    15
      • 2023年 6月 05日

      それだけ韓国が力を入れているということでしょう。アメリカ初め世界がアジア太平洋にも目を向けた今、元々アメリカの同盟国でノウハウもあった韓国は稼ぎ時だと考えてもおかしくないです。

      44
      • K(大文字)
      • 2023年 6月 05日

      韓国は全てが上手くハマっている印象です。
      西側諸国が軒並み製造業が空洞化する中で、韓国は製造力を維持していたこと。
      これまでの輸出ビジネスへの取り組みが実を結び始めたこと。
      これらのことと米中新冷戦、ウクライナ侵略で軍事関連の需要が激増している商機が噛み合っている状況なので、しばらくは韓国の書き入れ時でしょうね。

      まぁ、韓国は先進各国がポスト冷戦でやれ民需だ金融だと手取り早く金儲けにシフトする中で、冷戦構造に縛り付けられざるを得なかった側面がある訳で、何がどう転ぶかは分からないものです。
      ただそのチャンスを実際にものにしているのは、羨ましい限りですね。

      35
        • STIH
        • 2023年 6月 05日

        一応戦争中の国なんだから、軍事力維持にリソースを割くのは当然だし、そうじゃなきゃ困る。こういうニュースもまた、一定の抑止力として効果がありますし。
        造船業等ではかなり無理してそうですが、兵器産業は無理する理由は無いので、しばらくは韓国が強い時代が続きそうですね。

        8
    • AH-X
    • 2023年 6月 05日

    少し前に米艦艇の整備を日本でもこれまで以上に行うって報道あったので日本も需要狙ってるでしょう。

    34
    • ズマ
    • 2023年 6月 05日

    造船はアジアが強い上に米拠点が遠過ぎ
    マケインもこちらで修理するか検討されていた
    空母整備可能な拠点は横須賀のみだったがそろそろもう一隻釜山にあたりでも増備してはと考える

    3
      •  
      • 2023年 6月 05日

      ミサイルぶちこまれそうな釜山より呉あたりで誘致出来たらいいですね

      8
        • なきやま
        • 2023年 6月 05日

        中国が本気出して釜山やる事態になったら
        呉も仲良く地図から消えてますよ

        29
      • 58式素人
      • 2023年 6月 05日

      よく憶えてはいないのですが。
      横須賀:信濃を建造したところ
      呉:大和を建造したところ
      佐世保:武蔵を建造したところ
      であってましたっけ。
      そうならば、呉と佐世保も候補でしょうか。

      2
        • daishi
        • 2023年 6月 05日

        武蔵は三菱重工業長崎造船所で建造したので長崎市ですね。
        最近は大型客船建造時の火災事故や予算超過で有名になったので、かつての評価ではないようです

        6
          • 58式素人
          • 2023年 6月 05日

          ご教授ありがとうございます。

          1
        • 58式素人
        • 2023年 6月 05日

        横須賀は過去にキティホーク級空母をオーバーホールしたのでは。
        今回はジョージワシントンみたいですが、他に二隻(!!)請負って、
        呉と長崎と三ヶ所で流れ作業式にオーバーホールをしたら(笑)
        などと妄想します。
        機関部関係を横須賀で行って、その他を他の2箇所で(笑)。

        1
        • XYZ
        • 2023年 6月 05日

        佐世保でも武蔵の艤装作業が一部実施されています。

        現在の佐世保重工業の第4ドックは大和級をメンテナンスできるように作られていたドックであり、現在でも佐世保重工業は海上自衛隊はもちろん、米海軍の艦艇のメンテナンスをやっていますからドックに余力があればチャンスはありそうです。

        5
    • 例のアレ
    • 2023年 6月 05日

    日本はアメリカ海軍の主力部隊が展開してるというアドバンテージを生かして
    是非とも受注を獲得してほしいですね

    11
      • 例のアレ
      • 2023年 6月 05日

      と思ったら既に受注してましたね

      7
    • トブルク
    • 2023年 6月 05日

    日本の場合、潜水艦の輸出より国内での米原潜の整備事業を目指す方がいいように思う。その延長として原潜建造を視野に入れて。

    2
      • STIH
      • 2023年 6月 05日

      どこまでアメリカに情報を公開する意志があるかですよね。
      正直AUKUSなんて日本とインドが信用できないから作ったとしか思えないので、当然原潜の情報を一部とはいえ日本に渡すとは思えないですね。核廃棄物を日本が引き取るとかの相当な譲歩が必要かと。そこまでして原潜が必要だとは思いませんが。

      5
    • paxai
    • 2023年 6月 05日

    7割もの駆逐艦がメンテンナンス期間延長されたり港に係留されてたりする状況だと乗組員何してんだろ?
    数日なら休暇にするんだろうけど長期間ともなると係留された船の中で演習してたり基地で筋トレでもしてんのかな?

    6
      • 折口
      • 2023年 6月 05日

      米海軍の潜水艦乗りの話なんですが、配属先がトランプ政権時代からドック待ち行列に並んでいたうえにロックダウンで整備業務が一時停止した結果、その艦に配属されてから1回も出港せずにそのまま転属になってしまったサブマリナーなんかも出てきているそうですね。その間はずっとデスクワークらしいので、乗員の練度にも悪影響が出ていることと思います。

      2
        • paxai
        • 2023年 6月 05日

        採用試験受かったけど入社前に会社倒産しましたみたいな展開やん。
        そんな事されたらやる気無くしちゃうわ。

    • 折口
    • 2023年 6月 05日

    ハンファは大宇造船買収で防衛向け造船では韓国筆頭に躍り出ましたから次の一手で何か大きい事するだろうとは思っていましたが、米本土の整備事業にまで進出するのは凄い胆力だと言わざるを得ないです。ただ造船といえば産業界や地方議員が結びついたロビーの牙城で外資に対する規制も多いので、米本土で手広くやろうとするとどんな手続が必要になるのか想像つかないですよね。いずれにせよ米産業界や米議会が良い条件だと感じられるものを提示する必要がありますが、米国の防衛市場という最も価値のある市場に外様がタッチできるかどうかはとても気になりますね。

    3
    • 匿名希望係
    • 2023年 6月 05日

    日本で近代化改修とかやってなかったけ?>空母

    1
      • 匿名11号
      • 2023年 6月 05日

      1980年代に横須賀でミッドウェイに対してやっていますな。

      1
    • けい2020
    • 2023年 6月 05日

    日本はすでに米軍向けのMROサービスはやってますが、コレ以上は余裕は無いだろうな
    海上自衛隊の稼働艦艇数って、アメリカ、中国の次に多くて海上自衛隊向けだけでもすでにパンパンだし

    9
    • するめ
    • 2023年 6月 05日

    もうすでに米海軍艦船修理廠が横須賀と佐世保にある
    それに軍港付近の民間企業(佐世保ならSSKなど)がメンテナンスを請け負ってる
    第七艦隊用で不足があれば護衛艦や各種支援艦を作った企業もあるから調整すればいい

    なんで日本が使えない部隊向けなら米国内に資本投下して新規に工場を作り、さらに現地雇用も求められるとなると利益でるのか疑問

    2
    • 成層圏
    • 2023年 6月 06日

    韓国は自国受注の造船ですら、溶接工不足で海外から溶接工を雇っていたが、資格のない人材まで雇っていたため、問題になっている。それもあり受注がはけず、中国に下請けに出しているものもあるそうだ。当然赤字だろう。(中国の下請けは利益確保。)
    この状態でMROを狙う韓国は大変ガッツがあって、一見すごく見えるが、ビジネス的にはどうなのだろうか?
    取り合えずやってみて、赤字は国が補填して実績のみの取得、ということだろうか。
    こんなビジネスの方法は日本では不可能だな。

    2
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