欧州関連

10万人以上のアルメニア系住民が脱出、もうナゴルノ・カラバフ地域は空っぽ

アルメニアの首相報道官は「30日午後2時時点で10万437人のアルメニア系住民がアルメニアに入国した」と発表、パシニャン首相は当該地域の住民数について「約12万人」と発言したため、80%相当の住民がアルメニアに脱出した格好だ。

参考:Այս պահի դրությամբ ԼՂ-ից բռնի տեղահանված 100 417 անձ է ժամանել Հայաստանի Հանրապետություն. Նազելի Բաղդասարյան
参考:Բեգլարյան. Արցախում մի քանի հարյուր մարդ է մնացել
参考:Russia failed to keep peace in Nagorno-Karabakh, pivoting away from Armenia

アルメニアメディアは「安全保障体制の後ろ盾を切り替えるのが遅すぎた」と指摘

第三次ナゴルノ・カラバフ戦争でアゼルバイジャン軍の火力に耐えられなくなったアルツァフ共和国は停戦案を受諾、ロシア平和維持軍の監視下でアルツァフ共和国軍は武器や陣地の引き渡しに応じており、シャフラマニャン大統領も28日「2024年1月1日までに全ての国家機関及び組織を解散してアルツァフ共和国が消滅する内容の法令に署名した」と発表。

出典:Google Map 管理人作成(クリックで拡大可能)

29日午後4時時点でアルメニアに逃れたアルメニア系住民の数は93,000人に達していたが、アルメニアの首相報道官は30日「午後2時時点で10万437人の住民がアルメニアに入国した」と発表、アルツァフ共和国のアルタク・ベグラリアン元国務相も「アルツァフはもう空っぽだ。残っている数百人程度の住民もアルメニアへの脱出を始めている」と述べており、ステパナケルトにもアゼルバイジャン軍が入ったらしい。

アルツァフ共和国の人口については諸説(14万人~16万人)あるものの、パシニャン首相がナゴルノ・カラバフ地域に住むアルメニア系住民について「約12万人」と発言したため、アルメニアに入国した「10万人」という数はナゴルノ・カラバフ地域に住むアルメニア系住民の80%に相当し、ベグラリアン元国務相が言うようにアルツァフ共和国はもう空っぽに近いのだろう。

出典:President.az / CC BY 4.0

因みにワシントン・ポスト紙は「係争中の山岳地帯を奪還するアゼルバイジャン軍の電光石火の軍事作戦はナゴルノ・カラバフ地域の住民を保護し、停戦ラインを維持し、ステパナケルトとアルメニア間のアクセスを保証するというプーチン大統領の約束を嘲笑ものとなった」と報じ、王立国際問題研究所のローレンス・ブロアーズ氏は「これは管理された衰退プロセスの過程下だ」と、国際危機グループのオレシャ・ヴァルタニャン氏も「アゼルバイジャンはロシア平和維持軍の体制とロシアの政治的意志を何度もテストしたが、紛争に巻き込まれないよう行動するだけでロシア側に係争地を維持する意志は見られなかった」と指摘している。

さらに「多くのアナリスト達は“ウクライナとの戦争で手一杯のロシアが南コーカサスの状況を軽視した”と考えているが、一部のアナリストや政府関係者はもっと黒い動機があると考えており、アゼルバイジャンやトルコに配慮してアルメニアを切り捨てたという主張や、ロシアとの関係を蔑ろにして西側への接近を試みるパシニャン首相に懲罰を加えたという見方も存在し、アルメニアのパシニャン支持派はロシアが国内の親露派を焚き付けて首相を追放し“アルメニアを勢力下に連れ戻そうとしている”と恐れている」と報じているのが興味深い。

出典:Diana Khachatryan/CC BY-SA 4.0

ワシントン・ポスト紙の報道内容を引用したアルメニアメディアは「我々は安全保障体制の後ろ盾を切り替えるのが遅すぎた」と指摘しているものの、ナゴルノ・カラバフ地域の問題は歴史的経緯が複雑過ぎるため「安全保障体制の後ろ盾」をロシアから米国に切り替えることに成功していても、その効果はナゴルノ・カラバフ地域に住むアルメニア系住民に提供されなかった可能性が高く、アルツァフ共和国の崩壊が避けられていたかどうかは謎だ。

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※アイキャッチ画像の出典:ՀՀ կառավարություն

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コメント

    • レイ
    • 2023年 9月 30日

    とりあえずはこれで落ち着くんだろうけど
    いつかアゼルバイジャンが侵攻してアルメリア南部を占領しちゃう日が来る気がしますね

    4
      • hebaeba
      • 2023年 10月 01日

      そうなったらイランが黙ってないでしょう
      アゼルバイジャン対イラン戦争が起きるかも

      22
    • りんりん
    • 2023年 10月 01日

    >アルツァフ共和国の崩壊が避けられていたかどうかは謎だ

    とは言っても、ここまで完膚なきまでの敗北を喫することにはならず、何かしらをバーターで得られた可能性は充分にある。
    現状、アルメニアはアゼルバイジャンに挟まれて、さらなる圧力を加えられることは明らか。
    それを軽減する枠組みは手に入れられていたと思う。
    集団保証の大切さ、そして誰とどのような形で組むかを見極める力・・・いろいろと考えさせられますね。

    14
      • 古銭
      • 2023年 10月 01日

      米国がアルツァフ共和国を承認するという前提であればそうかもしれませんね。
      ただOSCEミンスク・グループで長年共同議長国を務めていた間にそのような動きはありませんでした。

      また安全保障の依存先を切り替えた場合、ガスの普及・使用率が世界でもトップクラスの国でガスの輸入先である二か国との関係悪化が避けられないのも厳しいところです。
      ジョージアもアゼルバイジャンのパイプラインからアルメニアを排除することに同意する程度には自国を優先しますし。

      9
    • けい2020
    • 2023年 10月 01日

    アルメニア人ディアスポラが世界中で暗躍してマスコミの論調を押さえてたんだろうけど、
    アルツァフとアルメニアが末期になるまで、見事なぐらいは報道押さえてた

    アルメニア国民は自分たちは勝てる気で居たのに気がついたらボロ負けしてたって状況なのだろうな
    このままアルメニア国民と、世界中にアルメニア人ディアスポラが現実を認めずにイキリ続けと
    政権転覆→アゼルバイジャンに再侵略とかになりかねないな

    17
      • けい2020
      • 2023年 10月 01日

      これに対して個人攻撃を受けて賛同者が多数でしたので、削除をお願いします
      今後はアルメニアにもアゼルバイジャンにも触れません

    • E
    • 2023年 10月 01日

    けい2020氏のアルメニア人に対する並々ならぬ敵意や憎悪は一体どこから来るのだろうか

    21
      • けい2020
      • 2023年 10月 01日

      敵意!?憎悪?

      3
    • 折口
    • 2023年 10月 01日

    ルカシェンコが語ったとされるところによれば(ややこしい)2016年のCSTOサミットの席においてロシアとベラルーシ、即ちプーチンとルカシェンコは当時のアルメニア大統領だったサルグシャンに対してアルツァフの一部領土割譲を含んだアゼルバイジャンとの和解案を非公式に提案していたそうですね。アルメニア側はこれを徹頭徹尾突っぱねたそうで、おそらくCSTOやロシアが第二次および第三次ナゴルノ・カラバフ戦争に対していかなる干渉も仲裁も行わない方針をとる発端はここらにあるのではと。

    まぁこの話の真偽はともかく、民族の流血を通じて獲得した封土を交渉で手放すような事は絶対に認められないという考えは日本人にはよくよく共感できるところではないでしょうか。その結果が全ての封土の喪失と自民族の大量追放だとしても。

    19
      •  
      • 2023年 10月 01日

      一部(7地区中5地区割譲)

      まぁラチン回廊とナゴルノ・カラバフ内の金鉱を引き続き保有出来る案ですし
      今となってはその案を飲むべきでしたね

      アルメニア側は割譲したらアゼルバイジャンがその勢いのまま攻めてくると主張した為、割譲と同時にCSTO軍が同地域に展開する事も約束したらしいが決意は変わらず第二次、第三次ナゴルノ・カラバフ戦争でアルメニアはカラバフ全土を失陥したという…

      9
    • かさ
    • 2023年 10月 01日

    アルツォフの住人は、こんなあっさり土地を手放せるくらいなら、何故今まであんな不便な紛争地帯に住んでたんだろう。

    2
      • ポンポコ
      • 2023年 10月 01日

      今回、退去しているのは、歴史的に虐殺や弾圧を恐れているからでしょう。

      今はまだロシアの平和維持軍がいるが、それがいなくなったら、どうなるか分からないですしね。その前に早めに逃げるとか難民になるわけです。

      例えば、もしイスラエル軍がアラブ側に降伏して武装解除したら、イスラエル人の多くは海外に逃避するでしょうし。日本人には分かりにくいところですね。

      1
    • Yacht
    • 2023年 10月 01日

    既にナゴルノ=カラバフ自治州は法的に廃止済ですので、これで名実ともにアゼルバイジャン国内からアルメニア人コミュニティが消え去ることになります。
    次は教会や墓地の破壊が始まるはずです。

    7
    • たむごん
    • 2023年 10月 01日

    アルメニアは、安全保障をどう立て直すのかでしょうか。
    アメリカに傾斜していましたが、ロシア・イランと並立できるのか疑問に感じています。

    そもそも、アメリカが、南コーカサスに影響力を発揮できるような、地政学的な基盤はあるのでしょうか?
    トルコは(アゼルバイジャンの同盟国)、米軍がアルメニアの為に、トルコ領内の共同基地を利用する事を許さないでしょうし。

    7
    • 名前
    • 2023年 10月 01日

    アルメニア国民は不満をかかえてるのは間違いないが、それでもクーデターや政府転覆が起きてないし、よく我慢しているなという印象。
    ナゴルノカラバフがアゼルバイジャン領であるにしても、アルメニア人の居住権や土地や財産の所有権は守られなければならない。
    アゼルバイジャンもその点について100を求めずに金銭的な補償など譲るところは譲ってなんとかこの地方に平穏が訪れることを切望します。

    7
      • 名無し
      • 2023年 10月 01日

      それ、虐殺され追放されたウン十万人のアゼルバイジャン人の居住権や土地や財産の所有権が侵害された事への賠償を先にしろって話になるだけでは?

      9
        • 名前
        • 2023年 10月 01日

        それを主張して全てを要求したら、収まることも収まらなくなるから100を求めべきでないと申しているのですよ
        どこかに妥協は必要でしょうし、それができないなら、いずれアゼルバイジャンかアルメニアの政変の際に問題がなんらかの形で再発してきたのが、現代の紛争の歴史ではないでしょうか
        紛争はべき論では解決しませんし、勝ったアゼルバイジャンしか譲歩しようがないのが事実ではないでしょうか。
        アルメニアが全てを失ったのは、アルメニアが勝っていた時になんら譲歩できなかったことも一因でしょう。

          •  
          • 2023年 10月 01日

          紛争はべき論では解決しませんとか言いながら、100を求めべきでないアゼルバイジャンが譲歩しろは草生える

          6
          • 名無し
          • 2023年 10月 01日

          勝ったアゼルバイジャンしか譲歩しようがないのが事実とは意味不明ですね、アルメニア国家が消滅した訳じゃないのだからアルメニアは謝罪も賠償も可能でしょう
          そもそも国際常識に照らし合わせてアゼルバイジャン側に譲歩する理由がない、道理に合わない譲歩等それこそ収まることも収まらなくなるだけでしょう
          まあ、単純に敗戦国家で侵略国家で格下国家のアルメニアが一方的に譲歩すればいいだけですよ、それで片付く話です

          5
    • モスクワ条約とカルス条約
    • 2023年 10月 01日

    次はアセルバイジャンもナヒチェヴァン自治共和国を独立させて、サンゲズール回廊も多国間の国境を繋ぐ回廊として貧乏くじを引いたアルメニアにお金が落ちるようにして双方で手打ち。
    アセルバイジャンとナヒチェヴァンとトルコで相互安全保障条約でも締結しておけば、ロシアやイランも簡単には介入できないでしょうしと思う机上の空論。
    ナヒチェヴァン側に外貨を稼げる産業基盤が弱いようで、埋蔵資源が岩塩やナトリウム系に国土の約20%の平地を生かした農業国ですのでアセルバイジャン側の援助は必要なのでしょうね。

    2
    • 朴秀
    • 2023年 10月 01日

    住人は可哀想ではあるけど
    空っぽになるなら虐殺とかは起きなそうだな

    6
    • 兵長
    • 2023年 10月 01日

    アゼルバイジャンのおばさんのYouTube面白いですよ~
    よってアゼルバイジャンが正義。

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